日々の気になったことや仏教についての話など。


by namazunahi

<   2007年 07月 ( 11 )   > この月の画像一覧

気をつけておれ

仏教書などを読んで、欲、怒りを捨てろなんて無理なことを言うな!という意見を聞きますが、ご安心ください、お釈迦様がそう言ってるのは出家者にたいして言ってるんです。
聖者の道を歩もうとしてる人たちですね。
在家や一般人にたいしては欲、怒りについてそんなに厳しくいってないんです。捨てろといっても一般生活をしながらでは無理ですから。
じゃ、なんと言ってたかというと、しっかり管理して気をつけていなさいってことを言ってたんですね。
いったん、檻から欲、怒りが飛び出したらエライこっちゃですもんね。
最初に食べられるのは、もちろん、一番近くにいる自分ですから。
[PR]
by namazunahi | 2007-07-29 21:38

好きは嫌いの始まり

よく新聞記事などで、浮気とかの原因で相方を刺したとかありますね。
相方を殺すぐらいだからといって元々憎んでた分けではなく、やはり愛していたから殺したという見方が合ってるポイですね。
人というものは愛が生まれると同時に、憎しみというものを育ててしまうんです。
大好きな親友、宗教団体、尊敬する人、TVスター、恋人などに裏切られたら、大嫌いになる。
これは突然に大嫌いなった訳ではなく、好きという感情が芽生えた瞬間から嫌いという感情も裏で芽生えているんですでね。
好きというのは仏教では欲で、嫌いというのは怒りなんです。
欲と怒りは表裏一体。
お釈迦様は在家には、普通の欲、怒りはそんなに厳しくいってないんですが、異常な欲(大好き)、異常な怒り(大嫌い)には厳しく言ってて、大好き、大嫌いレベルだと論理が効かないなから、一旦暴走すると自分も破壊するし、周りも破壊するから危険きまわりないんですね。
大好き、大嫌いを管理する一つの方法として、具体的になんで好きなのか?嫌いなのか?とそのものを分析してみると理性が働いて、感情の暴走にストップがかかります。
[PR]
by namazunahi | 2007-07-27 19:26

軽さと重さ

もし、今から、百段の階段を登らなければならないなら結構ハードですね。
しかし、階段を登りきったら百万円もらえるとすれば?階段を登りきったら美男、美女がキスの祝福をしてくれるとしたら?階段を登る足も軽くなりますね。
逆に、階段を登りきったら重労働が待っているとしたら?階段を登りきったら自分の浮気がバレて怒っているパートナーが待っているとしたら?すごく足が重くなりますね。
このように、心の影響で体も軽くなったり重くなったりするものです。
慣れないうちは、善行為も体も心も重く感じてしまうものですが、善行為の先に幸福が待っていると理解できれば、心も体も軽くなっていきます。
お釈迦様の因果法則、生命を助けるものは生命に助けられ、生命を傷つけるものは生命に傷つけられる。
善行為は幸福の種まき、いっぱい蒔けば蒔くほど将来は幸福の果実が育っていく。
悪行為は不幸の種まき、いっぱい蒔けば蒔くほど将来は不幸の果実が育っていく。
[PR]
by namazunahi | 2007-07-15 05:42

予言

悪いことは刺激が多きいから、いったんハマルと中々やめれません。
しかも、やればスグに結果(刺激)があるから、その後、どんだけ悪いことがまってるか想像できない。
逆に、良いことは刺激が少なく、いつでもやめられる。
ほんで、良いことをしてもスグに結果がでないから、その後、どんだけ良いことが待ってるか想像できない・・・。
お釈迦様は言う、「悪いことをすれば悪い結果があり、良いことをすればよい結果がある」
何かを行動する前に、この行為をすればどういう結果があるのだろう?と、予測して動くと目先の刺激に飛びつくことが減ってきます。
これが日常生活でできてくると、占い師に頼らなくても自分で未来が予測できるようになってきます。
[PR]
by namazunahi | 2007-07-13 06:00

笑い

暗い妄想が多い人は、自分の体が壊れていくものです。
ようするに暗い妄想とは怒り系の妄想。
怒りは破壊の方向にいくから、まず自分の心と体を破壊してしまう、それぐらい破壊エネルギーが大きい。
怒りの簡単な対処法として、怒りの対象を笑ってみれるようにすると怒りもおさまります。
この癖を作ると、いつでも違った視点で物事がみれるようになるから(しかも明るく)、物事をみる視野も広がって頭が良くなります。お試しあれ。
[PR]
by namazunahi | 2007-07-12 17:26

体が資本

身体が元気な人は外に出て色々体を使って遊ぶので心は元気になります。
五感に色々刺激が入ってくるから、心が活発になってくるからなんです。
逆に身体に元気がないと何もやる気が起きずに、五感に刺激が入ってこなくなります。
こうなると、心は「アー退屈だー、不幸だー」と妄想が始まり、その暗いエネルギーを刺激にして心は活動します。
暗い妄想が多い人は、この暗黒エネルギーで心を回転させているので(結構、お手軽に強力な刺激を作れる)、ここから抜け出すのは至難の業ですね。
簡単な対処法として大股で散歩してみるといいですよ。
[PR]
by namazunahi | 2007-07-08 22:21

無常

五感で感じたものはすべて変化しています。ごはんも一口目と、二口目が違うように、音も匂いも目に見えるものすべて瞬間、瞬間、変化している。
五感の変化が見えてきたら心の変化もみえてきます、うれしい気持ち、楽しい気持ち、怒りの気持ち、憎しみの気持ち、苦しみの気持ち、すべて瞬間、瞬間、変化している。
流れ♪流れるよ♪時間の中に♪
[PR]
by namazunahi | 2007-07-08 05:24

感じる

妄想を減らす方法のひとつに、しっかりと五感で感じるようにするといいです。
例えば、しっかり味わって食べる、しっかり見る、しっかり身体で感じる、しっかり聞く、しっかり匂いを嗅ぐ。
事実をしっかり見る人には妄想とは無縁なものです。
逆に、事実をみようとしない人は永遠に妄想で苦しめられる・・・。
[PR]
by namazunahi | 2007-07-05 20:26

幻影

五感の刺激が得られなくなると、心が妄想という名の刺激を作り始めます。
この妄想はけっこうたちが悪くて、五感の刺激ならある程度で満足はあるのですが、妄想だとリミットなしにどこまでも求め続けてしまいます。(満足が得られない)
しかも、妄想してるときは外からの情報が一切入ってこなくて、自分で勝手に作り出した情報をそのまま信じてしまうので、バカまっしぐらに突き進んでしまいます。
勝手に自分が作り出したものを永遠に求め続ける、しかも、それは幻想なので一生手に入れることはできない・・・。
[PR]
by namazunahi | 2007-07-04 20:07

人が欲しているもの

よく人生の意味とは?とか、何で生きてるの?っていう質問があるけど、この質問に対する答えの一つが、より刺激を得たいからと言えそうです。
六つの刺激を求めてあっちにいったり、こっちにいったり、死ぬまで刺激を求め続ける人生。
何でそんなに刺激が欲しいの?と逆に自分に聞いてみたいものですね。
もしも、刺激が一切入ってこなかったら、いったいどうなってしまうんでしょうか・・・。
[PR]
by namazunahi | 2007-07-03 15:49