日々の気になったことや仏教についての話など。


by namazunahi

<   2007年 04月 ( 12 )   > この月の画像一覧

仏教は命令にあらず

仏教の本を読むと、お釈迦様の言葉で何々すべきであるというフレーズがよくでてきますが、パーリ語(実際にお釈迦様が使った言葉)で読むと、何々したほうがいいでしょう、何々してみたらどうでしょうと、命令形じゃなく、やわらかい表現で書かれています。
命令口調でこれやらないかんやないか!と言っても、言われた本人が自分で納得してやらないと身につかないですからね。
三毒(欲、怒り、無知)にまみれた相手をしかるんじゃなくて、いかに三毒が危険な物かを相手に理解してもらうのが仏教的なやり方なんですね。
[PR]
by namazunahi | 2007-04-28 09:59
僕はよく、忘れぽい自分を忘れることがよくあります。
例えば、自分の財布をいつもと違う場所に置くと確実にどこに置いたか忘れるのに、財布を置くときは確実に財布をどこに置いたか思い出すだろうと思ってしまうんです。
案の定、次の日、財布をどこに置いたか分からずアッチコッチ捜すはめに。(ほんで、思い出せない自分を責める)
これって何やろーと自己分析してみたら、忘れぽい自分を認めたくない(完璧に何でも思い出せる)自分の願望を発見しました(そんな大げさなことではないのですが)
心の中の完璧な自分しかみてなくて、現実のダメな自分を見ようとはしてなかったんですね。
あやうく、エンドレスで同じ過ちをくりかえし続けるところでした(一つの輪廻から脱出したともいえる)
忘れっぽい自分を認めれば、ちゃんと忘れないように対応できますからね。
[PR]
by namazunahi | 2007-04-25 18:56

許す

仏教徒は、最低一日一回は懺悔というものをします。
ちょっと懺悔の文を紹介

懺悔いたします。

貪瞋痴(とんじんち)におおわれて真理を知らないが故に、身体(からだ)、言葉、考えるという、三業(さんごう)によっておかしてしまった数々のあやまちがあります。(日本テーラワーダHPより抜粋)

ようするに、すけべで、怒りぽくて、バカな自分を毎日反省するわけです。
心から反省しても、また、貪瞋痴な生き方をしてしまう自分自身を毎日確認する。
そうすると、ちょっとしたことで他人に嫌なことをされても、心が強烈に反応しなくなります。
貪瞋痴という無明に覆われてるんやでしょうがないよって感じで。

仏教的な許しというのは、まずは自分自身が凄いすけべで、怒りっぽくて、バカということを認める(肯定ではなくて受容ですね)ことで生まれてきます。
[PR]
by namazunahi | 2007-04-20 05:28

予兆

日曜の地震はけっこう大きかったですね。
僕の住んでるところはドーンという衝撃がありました。
自分の部屋に行ってみたら、本とか荷物とかが床に散乱してましたよ。
朝、寝てるときに地震があったら頭直撃してましたね。コワー。
そういえば、その散乱した荷物の中に無くしていたサングラスがありました。
前から、サングラスを買わないかんなーと思っていたのですが、何故か店に入る気にならずにいたのですがこういう訳やったかと一人納得。
それにしても、今回の地震で亡くなった人がでなかったから良かったです。
[PR]
by namazunahi | 2007-04-17 17:27

吸収力

いくら体に良いものと言っても、その食べ物がまずく嫌々食べるなら、その食べ物の良い所をそれほど体には吸収してくれません。
嫌という感情は怒りでありますが、この怒りは対象を拒否するエネルギーなわけです。(あんたなんか嫌い私の前から消えて)
だから、食べ物の良い栄養すらも拒否してそんなに栄養が体に入ってこない。
人を嫌いになる時って相手を全否定してしまうでしょ、だから、嫌いな食べ物も全否定してしまうんです。
いくら良い食べ物といっても、嫌々食べるぐらいなら、体に悪いが自分の好きなものを明るく楽しく食べたほうが体にはいいわけです。
[PR]
by namazunahi | 2007-04-16 03:50

信じるものは

初期仏教でも信という言葉がよくでてきますが、この信は他の宗教のような論理もなくただ信じればいいとは違います。
例えば、お釈迦様が怒りは悪いものであると言ってますが、これも言葉だけ信じるのではなく、自分で調べて理解していかなければなりません。
お釈迦様自身、自分で調べた上での真理を語っているのだから、もちろん、その調べる方法も教えてくれてるわけです。
仏教徒は自分でビーカーとフラスコを持って、毎日研究データを取りながら、はたして、お釈迦様の言うことは本当かどうかを調べていく。
調べて、調べぬいて、疑が生じなくなったとき初めて確信(サッダー)が生まれるのです。
[PR]
by namazunahi | 2007-04-14 05:51
一日中、暗ーく生活するのと、明るく生活するのはどっちが簡単かといえば、断然、暗く生活する方が簡単ですね。
やで、明るい人より、暗い人の方が多いわけです。
明るくずーといようとするなら、かなりエネルギーがないとできません。

いい事ばかり続けば明るくいれますが、世の中はいい事より、悪い事の方が多いわけです。
やで、普段から悪いことに出会って暗くなったら、はやく明るくなれるように事前に対策をしとくといいですね。
心の中で明るい歌を歌ってみるとか、ちょっと走ってみるとか、いきなり笑ってみるとか・・・。

心の部屋を暗くしてたら、何か大事なものをあやまって踏んでしまうかもしれません。
予備の電球は忘れずに買っときましょう。
[PR]
by namazunahi | 2007-04-11 00:23

私の得意料理なの

この前女の子に、この料理おいしいでしょ?たべって、たべってと言われて、食べるとこれがマズイ。
しかし、ここで正直にマズイというと(仏教徒はウソをいわないようにしている)女の子を怒らしてしまう、困った、そこで、一気に食べてしまったので喉に詰まったふりをして、ゴマカス。
後から考えると、ここはウソでもうまいと言って相手を喜ばしたほうが良かったな。
いらん対立をするぐらいなら、相手に同意して場を明るくした方が無駄なエネルギーを使わなくてすみますからね。
[PR]
by namazunahi | 2007-04-10 06:28

暗いのはだめよん

何かで失敗して、暗く落ち込んでると事態は悪化するばかりでろくなことがありません(周りも暗くなる)
そんな時は、思いきって開き直ってしまいましょう。
馬鹿でアホな自分だから失敗するのは当たりまえだと。
やってしまったことはしょうがない。
明るくなってきたら、何で失敗したかを客観的に分析するのも忘れずに。
原因がわかれば心の混乱もおさまります。
[PR]
by namazunahi | 2007-04-09 17:42

飼い犬に手をかまれる

飼い犬が飯を食べてるときに飯の前に手をだせば、たとえ飼い主でも手を噛まれるものです。

怒ってる人に怒りなさんなっと言ったら、こっちらに怒りの矛先が向く。
怒りを貪ってるのを止ようとしたんだから、怒るのは当然ですね。まだ、怒りたいんだから。

怒ってる人がいたら怒りでお腹がいっぱいになるまで、ほっといた方が自分の身のためといえそうですね。
怒ってる人は動物と一緒なんだから。
怒ってる自分の姿を鏡で見れれば、あまりの醜さに怒りを静めるかもしれません。
[PR]
by namazunahi | 2007-04-04 20:25