日々の気になったことや仏教についての話など。


by namazunahi

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感動

仏教修行がうまくいくかどうかのポイントとして、分からないという事にどれだけ感動できるかどうかにかかっていると思う。

この感動がないと分かってないのに分かったと思ってしまい、瞑想がたんなる退屈で苦しいものになってしまいます。

自分が知ってる世界はホンの一部分でしかなったと思ったとき、まだまだ広い世界があるんだという心の開放感を味わって欲しいものです。
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by namazunahi | 2009-03-18 17:24

勉強しましょう


内田教授の教育について語った記事が面白かったので紹介しときます。

何でうちの子は勉強しないの?と思う方々は一度読んでみるといいですね。

学びと暗黙知
http://blog.tatsuru.com/2009/01/28_1413.php
福翁の「はげしい」勉強法12/25
http://blog.tatsuru.com/2008/12/

費用対効果教育11/16
http://blog.tatsuru.com/2008/11/

こんな私でよかったら

http://blog.tatsuru.com/2008/08/19_1250.php

cs minded teacher
http://blog.tatsuru.com/2007/06/21_1049.php

そのうち役に立つかも
http://blog.tatsuru.com/2008/07/07_1711.php
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by namazunahi | 2009-03-18 06:07

赦し

赦しで重要なことは、まずは、赦せない自分をちゃんと観ることです。

そこを通過しないかぎり、人を赦そうとしても心の中の憎しみが自分を苦しめます。

赦せない自分を見たくない場合は、その見たくない自分を観ることです。
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by namazunahi | 2009-03-15 19:03

殺すなかれ

仏教の五戒の一つに殺生戒というのがあります。

これは文字通り、生き物を殺すなかれです。

以前ある方とネットで、この殺生戒についてやり取りしました。

この方は生き物と言うなら微生物も生き物だから、生きてるかぎり微生物を殺すことになるから、結局、自殺することになるのか?と質問を受けました。

この殺生戒は自分をも含みますから、自分を殺してしまう自殺も禁止となります。

自分を殺すのもダメ、他の生物を殺すのもダメと、どうしようもない行き詰まりまで行くと、そこから道が見えてきます。

一日でもいいからためしに殺生戒を守ると色々発見があって面白いですよ。
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by namazunahi | 2009-03-04 15:16

死んだら終わり

よく人が死んだら天国に旅立ったといいますが、日本人は心から天国があるなんて信じられないのが実状だと思います。

日本人は「死んだら終わり」教ですからね。

というわりには、前世とか心霊番組とかがTVでよくやってるのをみると、芯の部分での揺れを感じます。

こういう曖昧なところを新興宗教やカルト団体とかスピチュアルみたいなものにつつかれるんだな~と。

「死んだら終わり」という絶対的な恐怖が心に根源的にあるわけですから、それに気づかないように生きるんじゃなく、その死の恐怖と向かい合うことが大事なことと思います。
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by namazunahi | 2009-02-15 18:30

落ち着いて

このブログでよく落ち着け、落ち着けと書いてますが、そもそも、混乱状態のときに落ち着こうとしても余計に落ち着かなくなるのが実情なのではないでしょうか。

そういう時は、今の落ち着かない状態を観察するとよいです。
落ち着くことをやめてただ観察する。
このとき思考で観察せず、身体に意識を向けるといいです。
意識的に呼吸を吸って、身体の動きをみるのです。

このときに落ち着く感じがあれがうまく観れています。
落ち着かないようであれば、思考や感情で観てるのでうまくいかないです。
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by namazunahi | 2009-02-13 05:01

火に油

映画の中で夫婦喧嘩のシーンがあって、旦那さんが嫁さんに「とにかく落ち着くんだ」というと嫁さんが「落ち着いてどうなるのよ!」ということを言ってました。

激情してる相手に何を言ってもさらに火に油をそそぐだけで危険ですからね。
こういうときは自分がまず落ち着くのが重要ですな。

燃やすものがなくなれば自然と火も鎮火するものです。
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by namazunahi | 2009-02-12 17:00

人それぞれは危険

例えば何か絵を見た場合、人それぞれ色々な感想をいだきます。
十人十色ってやつですね。

この場合はこの絵はこういう解釈だ、ああゆう解釈だと争っても無意味だと思います。
人それぞれの解釈でいいわけです。

国が違えば見方が変わるし、年代でも違う、男女でも違う。
そもそも、人間以外の生物なら絵として認識すらしないわけですし。

で、仏教ではこの絵を見た感想はどうでもいいわけなんです。
じゃ、何が重要かというとこの絵を見た(認識した)、それで何か思ったという客観的事実を重要とします。
仏教ではこの客観的事実について語っているわけです。

だから、絵を見た場合は仏教的に見るなら。
物質(絵)があってそれを目で認識して、思いが浮かんだとなるのです。
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by namazunahi | 2009-02-10 06:10

司令塔

ときには怒らないといけないときもあるでしょう。

仏教では怒るべきか、怒らないべきかを判断する心を鍛えます。

で、怒っても自分の意思ですぐ怒ることを止めれるようにします。
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by namazunahi | 2009-01-29 21:14
「そのままのあなたは素晴らしい」と言われても、えーウソだー、自分なんて全然素晴らしくないよーと思ってしまうのではないでしょうか?

例えば、アスファルトを打ち破って外にでてくる雑草などをみるとすさまじい生命力を感じますね

この凄まじい生命力は人間にも備わっているんです。
例えば、内臓などはたべものを溶かしたり、血を作ったり、いらないものを排出したりしています
これなんか現代科学から見れば不可能に近いことを毎日平然とやってわけです。

このような身体の凄まじい生命力を感じることで心のなかに力強いエネルギーが流れてきます
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by namazunahi | 2009-01-23 04:11