日々の気になったことや仏教についての話など。


by namazunahi

信じる

何かを信じれたときの強さはものすごいものです。
でも、その信がなくなった時の脆さは想像以上にやばい。

例えば、外人の格闘家の人が試合前にセコンドの人から「お前は強い」と暗示を受け試合に送り出されるシーンを良く見ます、確かに自分を強いと思い込んでれば弱気を押さえ勇気をもって試合に挑めますが、たいがいは劣勢になると素の自分に戻ってしまい負けてしまいます。

何の小説かは忘れましたがこういう話があります。
何かの病気で顔が醜くなった少年がいて、その少年は周りから化け物あつかいを受けます。
その子は孤児院の子なのですが、そこの孤児院で働いてる若い女のシスターはその子を差別せず愛情を持って接し、その少年もシスターの愛によってそのシスターに心を開いていきます。
そんなある夜事件は起きます。
シスターが修道院を歩いていると、窓から月明かりが入ってきて恐ろしい顔が急に目の前に現れ「きゃー化け物」と叫んでしまいます。
よく見ればそれはあの少年だったのです。
それからは少年は心を閉ざしてしまい、シスターも自分の信仰に疑問を感じってしまいシスターをやめたんかどうか・・・ここら辺はうろ覚え。とにかく救いが無い話だったとは記憶してます。

何がいいたいかと言えば、信じる、信じるといっても土壇場の状況になってもその信をもちつづけれるのか?ということです。

信が強ければ強いほど、その信が崩れたときの自己の崩壊は凄まじいですよという話でした。
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by namazunahi | 2008-06-30 20:43