日々の気になったことや仏教についての話など。


by namazunahi

よいこころ

元ヤンのさあやんから「よいこころ」についての記事を涙のリクエスト(その頃は幼稚園ぐらいかな?)してくれたので書いてみたいと思います。

何が良くて何が悪いかは、人や時代、そのときの状況によっても変わってきますね。
戦争中なら、敵兵を平気で殺せる心は良い心ですし、やりたい男からみればやらしてくれる子の心は良い心、宗教家からみれば何も疑いもなしに信じる心は良い心、先生や親からみれば口答えなく何でも素直に聞いてくれる子は良い心、商人から見ればポンポン物を買ってくれる人は良い心の持ち主となります。

でも、これらの心は視点を変えると「よいこころ」の持ち主とはいえませんね。
世間の言う良いというのはあまりあてになりません。
どうしても欲、怒り、無知が根底にありますから主観的になります。

ところで、仏教ではこの欲、怒り、無知を貪瞋痴とよんでます。
この貪瞋痴が消えて客観的になった状態を仏教では「よいこころ」となります。
この状態を不貪、不瞋、不痴とよんでます。

怒りの反対で愛としないでただ不を足すところがみそですね。
愛と書くと、愛ってなんじゃい?と分からないですし、愛ってわからないから実行が難しいですね。

これが不瞋だと怒りがない状態ですから、誰でも体験できるし分かります(二十四時間怒ってる人はいません)
例えば、怒って料理を作ると色々失敗する可能性はありますが、怒りがない落ち着いた状態で料理を作るなら失敗なくできますね。

仏教では貪瞋痴がある心をわるいこころ。
不貪、不瞋、不痴の状態がよいこころ。
で、誰でも貪瞋痴と不貪、不瞋、不痴どっちが「よいこころ」かを自分で体験によって確認できるわけであります。

ちなみに不貪、不瞋、不痴は善行なので、この状態でいることでどんだけでも徳がつめます。
例えば、百個のものをみて欲が生まれなければ百の善行をしたとなるわけです。
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by namazunahi | 2007-11-08 23:58