日々の気になったことや仏教についての話など。


by namazunahi

ストッパー

前にホテルルワンダという映画を観ました。
内容のほうは、ここのHPから抜粋
http://rwanda.hp.infoseek.co.jp/about_movie.html

<1994年、ルワンダ。
物語は突如として闇から始まる。やがて聞こえてくるラジオ放送。不気味な声が「すべての元凶はツチ族だ」と繰り返している。
この国では、多数派のフツ族と少数派のツチ族との間で幾度となく血が流れてきた。

首都キガリにある外資系高級ホテルで支配人を務めるポールは、多数派のフツ族でありながら、同胞の強行的な姿勢に頭を悩める者の一人。なぜなら彼の妻はツチ族だからだ。しかし、ふたりの間には明らかな外見的な差異があるわけではない。その違いとは、彼ら自身であっても到底判別 できないレベルのものなのだ。

ポールのホテルは、オリバー大佐をはじめとする平和維持軍の兵士たちの憩いの場でもあった。だが、そんな彼らも両民族の衝突には実質上なにも手が出せず、ジャーナリストの取材にも「我々はピース・メイカーではない。ピース・キーパーなのだ」とむなしく繰り返すだけだ。

すべては悪い方向へと進んでいた。一触即発の火種が一気に膨張したのは4月6日。ルワンダ大統領の乗った飛行機が何者かによって打ち落とされたのだ。示し合わせたかのように、ラジオからはあの不気味な呼びかけがいつもより声高に響きはじめる。

「我々の大統領が殺された!ツチ族のゴキブリどもの手によって!」

街中が悲鳴で多い尽くされた。軍部によって煽りを受けた一般 のフツ族は、思い思いに凶器を手に取って辺り構わずツチ族を虐殺し始めた。

事態の急転を受けて、ポールは妻子の身を案じ自宅へと車を走らせる。その後、家族の無事を確認した彼だったが、そこには知人のツチ族たちが多数逃げ延びてきていた。彼らを見捨てるわけにもいかず、ポールはいまや集団となった彼らを連れてホテルへと走りはじめた。暴徒といえども、平和維持軍のいるホテルには容易に手が出せまい。しかし街が混沌化した今となっては、そこへ辿りつくのも命懸けだ。武装勢力による執拗な尋問に、ポールはあらゆる賄賂と虚言を駆使して何とかその場を凌ぐのだった。

ようやくホテルへたどり着くと、ポールは、ツチ族、フツ族の入り乱れた従業員の前に立ち、改めてこう切り出した。

「このホテル内ではツチ族もフツ族も平等だ」

この通達を受けて安堵する者。怒りをあらわにする者。反応は様々だ。これまで何事も穏健に取り計らってきた彼だったが、家族を守るためには仕方のない宣言だった。そうしているうちにも、ホテルには生き残ったツチ族が次々と逃げ延びてくる。

時間が経つにつれ犠牲者は膨れ上がった。その中には平和維持軍の兵士たちも含まれていた。部下の死を受け、オリバー大佐は事態の沈静化を担うべく本部へと掛け合う意欲を見せる。しかしこれに対して本部が下したのは、予想もしない大部分の撤退命令だった。同時に、現地のジャーナリスト、ボランティアにも退避勧告が下る。世界がルワンダに背を向けた瞬間だった。

別れの朝、肩を落とした数十人の外国人たちが護送用のバスに乗り込んでいく。ホテルの入り口には多くの避難民たちが集まり、去り行く彼らにすがるような視線を投げかける。目の前の彼らを救うことの出来ないやりきれなさでただ呆然とする乗客たち。バスの出発は、その瞬間からホテルにいっさいの後ろ盾が消滅することを意味していた。

しかしこの絶望的な時でさえ、ポールはホテルの支配人らしくきちんとシャツにネクタイを締めて気丈に振る舞い、生き残るための術を探していた。迫り来る暴徒の群れ。次々に打ち込まれるロケット弾。
いつしかホテル内にいるツチ族の数は、1200人にまで膨れ上がっていた・・・。 >


みんながあいつらは害虫だと虐殺を始めるなか、ポールさんは職業倫理にもとづき(ホテルマンとして)みんなを差別することなく守っていくわけです。
一人、一人にある差別心を煽りたてられることなく、自分の職業をまっとうするポールさんはかっこいいですね。
ちなみに仏教では、いかなる生命も殺してはいけないという教えなので、こういう虐殺は起きづらいです。
神様が殺してもいいとか言ったとか、害虫だから殺してもいいとかないわけですから、いかなる生命でも殺すことは悪行であると強く言ってるのは、こういう虐殺になった時の心のストッパーのためかもしれませんね。
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by namazunahi | 2007-08-22 03:51